Top Page › 映画 › 悪の教典

悪の教典

2013-06-25 (Tue) 21:05



■悪の教典  ★☆☆☆☆(非倫理度:★★★★★)

監督・脚本:三池崇史


私は原作は未読で、先行された『序章』なるものも未見です。

内容のほうは、生徒たちに人気のさわやか好青年教師が、
生徒たちを殺戮しまくるという、ただそれだけの映画です。

うん、それ以上の深い意味は、まったく伝わってきませんでした。



伊藤英明演じる主人公教師は、

おそらく精神病質者なんだろうと私は推測しました。
劇中、幻聴・幻覚もあり、きっと精神疾患も抱えているはず。
しかし彼がなぜそのような思考に至ったのか、

その経緯は描写されていないんです。
冒頭部分で少年時代に両親を殺害するシーンがありますが、
それは『原因』ではないですよね。

なんというのかな、
『さわやか教師で殺戮者』というキャラクターを生み出すために、
精神病質者(及び精神障害者)という設定をこじつけただけというふうにしか
私には感じられなかったのですよ。

まるで、
「精神障害者は平気で人を殺す生き物なんだ」
と言われているようでした。
ふざけんな。



私がこのキャラクターを見て感じたのは、

彼は精神に異常を来たしてはいるけども、

正気は保っていただろうということです。
むしろ精神異常者を演じているとすら感じました。
つまり、快楽殺人者ではなかったと私は思うのです。

では彼は一体何者なのでしょうか?
………精神病質なんだろうということはわかるのですが、
ラストシーンで「次のゲームを始めている」なんてセリフを入れていたり、
精神病質者快楽殺人者を同一視させるようなことは

避けてほしかったです。

精神病質者、今で言うところのサイコパスにとって、
殺人というのは自己防衛の手段の一つでしかないのです。
彼らはその行為に対して、抵抗感を感じないのです。

劇中、主人公が快楽殺人者を殺すシーンが出てきます。
彼にとっての悪とは、この快楽殺人者のような人間なのかなー

と考えさせられるシーンです。
でも映画後半のジェノサイドを見ると、

主人公も同類にしか見えてこないんですよ。
もしかしたら原作ではもっと心情を描写していたんじゃないですかぬ?

あまりにも映画の脚本が言葉足らずで

『悪=殺戮者』にしかなっていないんです。
なぜその思考にたどり着いたのか、そこをしっかりと描いてほしかったです。




閑話休題。




引き合いに出して申し訳ないですが、
仮面ライダーファイズという番組で草加雅人というキャラクターがいました。
彼はイケメンで頭脳明晰・運動神経バツグン、そして人々からの人望も厚く、
さらに仮面ライダーカイザに変身します。
しかし一方で、他人を貶める行為を繰り返します。

利己のために他人を足蹴にし、平気で嘘をつき、

自分は何食わぬ顔で正義を気取る。
狡猾で、エゴと自己顕示欲の塊、それが草加雅人でした。


こんなものを子供番組で放送したら、

倫理的に大問題だろうと私なんかは思いましたが、
なぜか視聴者の何割かには受け入れられてしまいました。
これって、非常にまずいことだと個人的には思うんですよ。

(※実際そうでした)



悪の教典の原作がどのように書かれているのかは知りませんが、
ベストセラーになって、しかも映画化されたということは、
それが世間の何割かの人々には受け入れられたということですよね。

未成年に見せないのはもちろんですが、
メディアは世間に多大な影響を及ぼす媒体であるため、

いろいろと懸念してしまいます。
たとえば前述した「精神障害者=犯罪者予備軍」みたいなことを

人々が肯定してしまわないか、とか。

とにかく、これはフィクションであるということを踏まえたうえで
視聴することを強く望みます。





あ、そうそう。
ちなみに私は『悪=殺戮者』とは思っていないです。
私が考える真の悪とは『異常性を生じた正義』ですね。
意味はお察しください。

(ノ)・ω・(ヾ)ムニムニ


Last Modified : 2021-03-26

Comments







非公開コメント